2020.03.06(sun)

某氏への生存報告もここは兼ねているため先月のあの日に更新しよう二月は師走以上に師走的だわなどと連休明けの諸々をこなしつつ部屋を片しつつのさなかに激痛に見舞われて久々に救急車を呼ぶこととなって誠に不甲斐ない。こういう時勢において二回目じゃないかしら。まったく自慢できないわたくしの特徴として痛覚がおかしい、ひらたくいえば痛みに強すぎる。それもたたってかなり症状が進んでからの……などといえばすわ癌に罹患したかとなりそうですが、茎捻転の疑いによる緊急手術が執り行われただけ。だけ、なんていったら病院その他のお世話になった方へたいへんな失礼か。疑い、というのに相応しいというかなんというか、じつは先月にも同じような激痛に見舞われていて、しかしその時はひとしきり悶えて同時にほうじ茶もがぶがぶ飲み、ああやはり膀胱炎というアタリは正解だったのだな、さまざまが変化する年頃だから以前よりも膀胱炎の痛みも激しくなるのだなあと、悶え疲れて眠ったらおさまったから様子見という名の放置。忙しいを言い訳にするオトナは嫌いなのに、まさにそのオトナと同じことをやって先日再び痛みにおそわれるまで病院を受診せず。ここは多大なる反省点ですね。結局一度目も茎捻転だったかもしれないが、それはそれとして今回は卵巣に近い腸の一部が炎症の成れの果てである膿をしこたま放出し、それらによる痛みだったのかもしれないとのこと。卵巣は腫れているし腫瘍もあるけれど悪性ではないし、ただ骨盤内に腫瘍が漂っているなんてなんだか人間の身体は不思議だ。ここは似非自動筆記なので出来事の道筋はそんなに正確じゃあないけれどまあこういうふうに脳内に浮かんだ言葉をまるで酸素その他諸々よろしく指先へ送って、キーボードを叩くという行為、アナログでしたら殴り書き走り書きのたぐいでしょうか、こういう行為が欠かせない人間なんですねえ。生存報告も兼ねられてお得ですし。ともかく点滴での薬剤投与も終え、器具に頼らずともトイレはできるようになったし、自立歩行もなんとか可能なレベルだし、落ち込んだ精神も帰宅してすっかり見違えった。病院にいるとどうしても頼れる環境なのもあって甘えてしまうからよくない。甘えてしまったらそりゃあかわいげがあるのでしょうし、こちらが求めるまで助けてくれるななんて善意を踏みにじるも同然だ。でもでも。でも、ばかりだなあ、わたしは。でも、だって、意地を張れるうちは張りたいもの。動け、動くぞ、がんばるぞと念じればこの身体はちゃんと動きたいように動く。身体のみならず、なんとかするぞと立ち回ればなんとかなる。立ち行かなくなったら助けてほしいと伝えるからそれまでは自分でやりたい。介護の手を払いのける厄介な老人のようだと我ながら呆れてしまいますね。もうすでに踊りで食べていけるような動きは自分で自分のあちこちを叩いても、動かないことを嘆いて泣き喚いても動かなくて、だったら日常生活はまだ意地を張りたいのです。しかし歯をくいしばる日々が続いているので落ち着いたらちゃんと歯科へ行きましょう。痛みをこらえるべく、過呼吸っぽくならないようにも気をつけて、手が痺れてくるからね。落ち着いた呼吸を心掛けて、念を押すように言われた静養のふた文字を掲げつつ、もうしばらく意地を張って後ろ汚く生きてやります。