だからなにをしてもいい、というわけではないけれど。いざとなればこの方に頭を下げさせるのか……やめとこ。これがなくなったのはきっと大きい。意欲的になったね、と、お褒めいただいて。たのしいがあちらでもこちらでもそちらでも増えて、それでもうっすらと罪悪感がある。ある、というほどハッキリではないから、実はもうずっと漂っていたことにふと気付く。なにをたのしんでいるんだろう、いや別に誰も咎めていないよ?、でもわたしばっかり……また「でも」?以前よりはるかにおだやかな時間へ増えて、きっと海はとてもだいじ。わたしのよりどころ。海まで広くなくても、川でも。責任を追わねばならぬところをむやみに増やして、おかげで対向車も、後ろも前も車のない、静かな海のそばをたんなる移動とはいえ飛ばしていけるのは心地よい。精神衛生のためには免許をとって、車があって(誰かと共有してもよさそうだ)、歩くよりはやくてバスや電車より快適に移動して、移動するでもなく、この車の限界を試したり、たのしそうね。わたしの時間は夜。よいものは海。曳航。三島由紀夫のなかで最もすき。