最善は、どこかに固定されてはいない。長い行列のように週末の、高速道路の渋滞のように、止まったり進んだり、後退することもある。常にそこ、ではない。あらゆるものに疑問を持つこと。改良の余地は必ずある。なぜ、と、問い続けること。なぜご満足いただけたのか。なぜ気分を害されたのか。なぜ時代の流れはこのようなのか。流れに取り残されるのも実質死亡。ある作品、映画でもアニメでも音楽でも、過去の作品を称賛するのではなく。過去は現在を改良する材料として。わたしはどこまでできていますかね。いつまでもすがってはダメだ、なぜ。なぜ、ダメなのか。なぜ、この配置なのか。すべては仮置き。絶対はない。心配しないでほしいというのはなんてエゴだろう。心を、配る。気を、配る。言葉あるいは考えだけが肥大して、それもまた死んでいるに等しい。サービス提供者としても、個としても。わたしはわたしのことしか考えていないからこそ、だ。