2020.06.24(wed)

ラブとライクの境界が曖昧なんだよ、って、そんなの、どうして気持ちに線引きができるというのよ。なんて反抗したい気持ちを、すくなくともその場では飲み込む程度には成長したはず。成長していると思いたい。うぬぼれていたい。もっともおそろしいのは、わたしの気持ちが止まることだ、もう成長なんてしなくてよいとか、現状維持でこのままずうっと現状維持でいいやと、諦めというか投げ出すというか。その厳しさを他者へ向け始めているのは、やはり加齢による狭量さゆえなんだろうか。ならば抗いようがある、抗える気もするが、はたして。ヒトケタ歳くらいの頃から変わらないのは、顔色を伺うこと。ガチャガチャして、勝って、そうしてご機嫌さんな実父にねだるの。デレマスだかデレステだか、あややの曲のカバーを聞いたときに、なんだか久々によみがえった記憶。キュートかセクシーか、好みのタイプはどちらかと、今でいう「ゆめかわ」にあたりそうな雰囲気の歌とコマーシャルにのせて宣伝されていたシャンプーとリンス、髪の毛のお手入れ用品を実父のご機嫌さんな日にねだって、買ってもらった。オモチャはねだったところで買ってもらえなかったが、お手入れのたぐいはホイホイとたやすく返事をされる方だったような気がする、良くも悪くも、あの方はオンナに甘いのかもしれない。甘かったのかもしれない。現在なんて、知らないもの。知りたいような、知りたくないような、知らぬが仏のような。永遠も絶対もこの世に存在しなくて、すべては諸行無常で、盛者必衰で、かたちあるモノにこだわってもむなしい。いつからか、わざわざ言葉にすればそのような感情がメインの座につき、あわせて、与えられる時間は惜しいのだから待つのではなく勝ち取れなどという考えも同じ座につき、ああまた、この厳しさを他者へ押し売りしてしまわないか、わたしは、それもこわいのです。縛られたくないから、縛りたくない。ふわふわと、気ままでありたいから、気ままなさまを喜びたい。わたしは、彼彼女、実父や実母と、きちんと違っていますか?反面教師と、口だけではなく実行できていますか?いつまでもいつまでも不安で、永遠も絶対もないのならこの不安もいつか消えるのだと、なぜ希望を持てないのでしょう。でもね、ほんとは永遠に、いつまでもいつまでもあんしんしてくらしましたとさ。めでたし、めでたし、めでたしが、いつまでも続いてほしい。きっと続かないから貴重に感じるのでしょうが、わりあいに、わたし、贅沢ですね。よくばりですね。からっぽであることが、ほんとはこわいのよ。やあね、感傷が加速するのは嫌いよ。